「危ないから、車に乗るのはそろそろやめてくれないか?」
高齢のドライバーがいるご家庭なら、どこからでも聞こえてきそうな会話です。
けれど、私の家は違いました。
「どうして簡単に諦めるの?まだ運転できるんだから、ちゃんと更新して免許をもらって!」
私は父にそう話しました。
「できること」を手放してほしくない理由
私には「できることを自ら手放す」という状況を、できるだけ作ってほしくないという想いがあります。
黙っていても歳を重ねればできなくなってしまうことが増えていくからこそ、今ある力を大切にしていくことにもっとこだわってほしいのです。
車に乗るのをやめた途端に生活が急に不自由になり、外出の機会が減って老いが一気に加速してしまう……ケアマネジャーとしての経験からも、そんなリスクを危惧していました。
「これから先は、いかに今ある能力をキープしていくかだよ」
普段から親にはそう話してきました。
たとえ将来要介護状態になったとしても、「自分でできることはできるだけ自分でやる」。
そんな気構えで、いくつになっても諦めない生き方をしてほしいと願っていたのです。

父の決意と、母のひと言に「ぴーちくぱーちく」
けれど結局、父の気持ちは変わりませんでした。
「免許更新はしない」ときっぱり言い放ちます。
「運転に自信がなくなったとしても、免許だけ取得しておいて乗らなければいいじゃない」と喰らいついてみましたが、横から母が口を挟んできました。
「乗らないのなら、お金と時間をかけて更新に行くだけ無駄でしょう」
「なんで余計なこと言うの!違うんだよなぁ、大事なのはそこじゃないのにー!」と思わず心の中で叫んでしまいました。
すると父が、やけに冷静なトーンでこう言ったのです。
「言いたいことは良く分かったよ。心配してくれてありがとうね。だけど、諦めているわけじゃないんだよ。乗る必要がなくなっただけの話だから、そんなに騒がないでくれ」
父があまりにも静かに語るので、私はそれ以上何も言えなくなってしまいました。
諦めではなく「主体性」|父がデザインしたカッコいい引き際
詳しく話を聞いてみると、父はこの1年間、可能な限り自分の足を使い、車に頼らない生活を試していたというのです。
その結果、歩くか自転車に乗れば日常生活には何も不自由がないことが判明。
さらに、日常的に足を使うことで夜の眠りが良くなり、体力がついて疲れにくくなるという、良いことづくめの変化があったのだとか。
……えっ、免許の更新時期に合わせて、自分で計画的に行動してきたってこと!?
もしかしたらこれって、ただの「諦め」ではなく、父なりの「主体性」だったのでしょうか。
自分の意志で引き際を綺麗にデザインしてきたということ?
「未来への決意とも言える……父ちゃん、ある意味すごくカッコいいじゃない!」
(まあ、物は言いよう、何事も解釈次第ですが!)
65年間の誇りと、これからの暮らしへ
しかも最後に、「65年間、無事故無違反で終われそうだ」なんてサラッと言わないでほしいものです。
思わず「なんて運が良い人なのー!」と叫んでしまいました。
年齢を重ねれば誰にでも危うさは出てくるもの。
だからこそ、自分の変化を受け入れながら上手にバランスを取り、楽しく生きていけたら一番ですよね。
見事な引き際を見せてくれた父に、心からの拍手と感謝を込めて。
いつも本当にありがとう!
|
|


コメント