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認知症の母を施設に入れるのは親不孝?娘が抱えていた苦しさ

介護の仕事をしていると、「施設に入れたいんです」という相談を受けることがあります。

でも本当は、施設に入れたいのではなく、「もう限界なんです」というSOSだったりします。

今回相談に来られたのは、認知症と診断された75歳のお母さんを持つ女性でした。

母が怖い。でも見捨てることもできない

お母さんは要介護1のひとり暮らし。

買い物や通院の支援は必要ですが、身の回りのことはまだ自分でできます。

鍵の管理もできるし、夜間に徘徊することもありません。

一方で、感情のコントロールが難しくなり、怒りが爆発することがあるそうです。

電話が何度もかかってくる。

突然家まで来る。

時には暴力的になる。

相談者さんは、お母さんを心配しながらも恐怖を感じていました。

実際、お母さんのことを「怖い」と何度も口にしていました。

私は本当はどうしたい?

話を聞いているうちに、私には別のものが見えてきました。

施設入所の話をしているようでいて、実際には何を選んでもお母さんに怒られるのではないかと、相談者さんが怯えているように見えたのです。

自分で決めることよりも、誰かに決めてもらいたい。

そんな思いが伝わってきました。

過去には離婚も経験していました。

その背景には母親との関係があったと話していました。

現在の家庭だけは守りたい。

子どもたちにも同じ思いをさせたくない。

だから施設に入所してもらいたい。

そう考えていたのです。

けれど、その一方で、「もし母が優しくしてくれたら、また一緒に暮らせるかもしれない」とも話していました。

ここに大きな葛藤があります。

介護の問題だけではないこともある

認知症介護の相談のように見えても、話を聞いていくうちに長年の親子関係の問題が相談の中心になってしまうことがあります。

このケースもそうでした。

介護の話に戻しても、気づけばまた親子関係の話になる。

それだけ、この方にとっては大きなテーマだったのでしょう。

子どもの頃から親に支配されてきた。

怒られるのが怖い。

期待に応えなければいけない。

そんな気持ちが大人になってもずっと残っている場合があります。

介護が始まると、その関係性が再び表面化することも少なくありません。

もちろん、お母さんにも苦しさや不安があったのだと思います。

認知症によって感情のコントロールが難しくなっていた可能性もあります。

ただ、それと同時に娘さん自身も長い間苦しんできたのでしょう。

施設入所は「見捨てること」ではない

施設入所の話になると、「親不孝ではないか」「かわいそうではないか」と悩む家族はたくさんいます。

でも、罪悪感と安心したい気持ちの間で揺れることがあるのは当然のこと。

特に親子関係にさまざまな思いを抱えている場合、その決断は簡単なものではありません。

でも施設は、本人が安全に暮らし、家族も心身を壊さずに関われる環境を作るための選択肢のひとつです。

在宅介護を続けることだけが正解ではありません。

距離を取ることで、親子関係が落ち着くこともあるのですから。

支援者が答えを決めることはできない

相談の最後に、「私が申し込みをしてもいいと思いますか?」と聞かれました。

でも、その答えを私が決めることはできません。

施設に入るかどうか。

どんな距離感で関わるか。

最終的に決めるのは本人と家族です。

支援者にできるのは、一緒に考えること。

そして、その人自身が答えを見つけるまで伴走することです。

介護の現場では、答えを出すことより、答えを見つける力を取り戻してもらうことの方が大切なのかもしれません。

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