インターネットは、私たちの生活を劇的に変えてくれました。
けれど同時に、私たちが想像していた以上に恐ろしい影響を、人々の心に及ぼし続けています。
今、世界では子どものSNSやスマートフォンの利用規制に向け、国を挙げて本気の取り組みが進んでいます。
理由はただ一つ、「子どもの心を守るため」です。
世界はもうとっくに、この問題の深刻さに気づき、動いています。
置き去りにされる「心の成熟」と日本の現状
一方で、日本の現状はどうでしょうか。
便利さばかりが優先され、情報が子どもの心に与える影響や、大人がどう向き合うべきかという議論は、あまりにも後回しにされているように見えます。
情報そのものが悪なのではありません。
けれど、受け取る側の「心の成熟」が追いつかないまま触れ続ければ、どれほど心に深い傷を負うか。
そのことへの強い危機感が、社会にも、教育にも、大人たちにも、まだ恐ろしいほど共有されていません。
その代償は、すでに私たちの目の前に広がっています。

便利になった社会の陰で失われていくもの
家族で食卓を囲んでいても、誰も目を見合わせずスマホを見つめている。
友達と一緒に電車やバスに乗っていても、会話をすることなく、それぞれがスマホの画面を見つめている。
誰とも会わず、誰とも話さなくても一日が終わっていく。
便利になったはずの社会の陰で、人との関わり方が分からず、深い寂しさや孤立感を一人で抱え込んでいる人で溢れかえっています。
人は本来、人と直接向き合い、ぶつかり、寄り添う中で「相手の気持ちを想像する力」を育てていくものではないでしょうか?
その機会を奪われたまま大人になれば、心は満たされないまま渇き続けてしまいます。
世界がとっくに子どもの心を守るために動き出している中で、日本は一体、何を守ろうとしているのでしょう。
社会や国の動きを待つだけでなく、まずは私たち自身の暮らしの中で、スマホと少しだけ距離を置く時間を作ってみる。
それだけでも、守れるものがあるのかもしれません。
家族と目を見合わせて話す時間や、自分の心と静かに向き合う時間を取り戻すために。
物理的にスマホと離れる仕組みを作ってくれる、こんな道具に頼ってみるのも、一つの優しいきっかけになるかもしれません。
|
|


コメント