姑を介護するお嫁さんと、そこへやって来た小姑。二人の間で起きた、リンゴにまつわるひと幕です。
あっ、もしかしたら、お嫁さんではなく、ケアマネジャーとしての私が揺れたお話しかもしれません(^o^;)。

そのひと言、今じゃなくてもいいんじゃない?
『ピンポ~ン♪』
訪問先のお宅の玄関で、クロネコヤマトさんと鉢合わせ。
ちょうど荷物が届いたところでした。
この日、私が訪問したのは、要介護4で、ほぼ寝たきりの姑を自宅で介護しているお宅です。
主に介護を担っているのは、お嫁さん。
届いた荷物は、お嫁さんの実家から送られてきたリンゴでした。
箱には「シナノゴールド」と「陽光」の文字。
「わあ、たくさん届きましたね」
そんな話をしているうちに、お嫁さんはリンゴをすり下ろし始めました。
飲み込む力が弱くなってきたおばあちゃんが食べやすいように、準備してあげるのです。
認知症も進み、会話らしい会話をすることは難しくなっていました。
それでも、スプーンで口元に運ばれたリンゴを、こぼしながらも一生懸命に食べています。
その姿を見守るお嫁さん。
リンゴの甘い香りが漂う、穏やかな時間でした。
私は、お嫁さんの話に耳を傾けていました。
毎日の介護で大変なこと。
思うようにいかないこと。
誰かに聞いてもらいたいこと。
ケアマネジャーとして、介護サービスを調整したり、必要な支援を考えたりするのは、もちろん大切な仕事です。
でも、介護を担う家族が、普段はなかなか口にできない思いを安心して話せる時間も、大切にしたいと思っています。
そんなときでした。
突然、小姑がやって来たのです。
『えいこ~~!』
おばあちゃんが、か細い声を上げました。
やって来たのは、長女の京子さん。
けれど、おばあちゃんが呼んだのは、次女の英子さんの名前でした。
認知症が進んでも、娘たちの名前は心に残っているのでしょうか。
嬉しそうに名前を呼ぶおばあちゃん。
その声に、なんだかこちらまで温かい気持ちになりました。
京子さんも、久しぶりに母親の顔を見に来たのかもしれません。
「いらっしゃい。リンゴどうぞ」
お嫁さんは、京子さんにも気を遣って声をかけました。
すると、京子さん。
「へえ~、リンゴか~。あたしは紅玉が好きなの」
……。
え?
今、なんと?
いやいや、ちょっと待って。
箱には、シナノゴールドと陽光って、でっかく書いてあるじゃないの。
しかも、このリンゴは、お嫁さんの実家からわざわざ送られてきたもの。
そのリンゴを、今まさに、お嫁さんがお母さんのためにすり下ろしてくれたところなのです。
もちろん、紅玉が好きなのは自由。
紅玉もおいしいよね。
うん、分かる。
でもさ。
なんで今、それを言うかな~~!!
思わず、お嫁さんの顔を見ました。
目が合った瞬間、言いたいことが手に取るように分かった……ような気がしたのです。
……よね?
私は心の中で、京子さんに向かって叫びました。
「黙ってろ~~!!」
ああ、すっきりした。
……いや、すっきりなどしない。
心の中で叫んだところで、現実は何も変わらないのです。
それどころか、なんだか悲しくなってしまいました。
ところが、当のお嫁さんはというと……。
ニコニコしている。
えらいなあ。
私だったら、心の中の叫びだけでは、とても足りなかったかもしれません(笑)。
京子さんに悪気はなかったのだと思います。
ただ、自分の好きなリンゴの話をしただけ。
本人にしてみれば、それだけのことだったのでしょう。
でもね。
何気ないひと言も、伝えるタイミングによって、相手への伝わり方は変わります。
自分にとっては何でもない話でも、相手がどんな状況にいるかによって、受け止め方が変わることもあるのです。
毎日、介護を担っているお嫁さん。
ときどき母親の顔を見に来る実の娘。
それぞれに立場があり、それぞれの思いがあります。
実の娘だからこそ感じることもあるでしょう。
一方で、毎日そばで介護を続けているからこそ抱える思いもあるはずです。
どちらか一方の立場だけで、相手の気持ちをすべて分かったつもりになることはできません。
だからこそ、相手が今、どんな状況にいて、どんな気持ちでいるのか。
ほんの少し想像してみることが大切なのだと思います。
とりわけ、介護が日常になっている家族には、何気ないひと言が思いがけず心に響くこともあります。
いつも言葉を選び抜かなければならない、ということではありません。
ただ、口にする前に、ほんの一瞬。
「今、この言葉を伝える必要があるかな?」
そう考えてみるだけでも、変わることはあるのではないでしょうか。
……と、ここまで冷静に書いていますが。
あのときの私は、お嫁さんの代わりに言ってやりたかったのです。
「そのひと言、今じゃなくてもいいんじゃない?」
……と。
結局、心の中で叫ぶことしかできなかった私。
なんだか、すごい敗北感だった⤵︎⤵︎
それなのに、最後までニコニコしていたお嫁さん。
できた人だなあ。
私のほうが、まだまだ修行が足りないのかもしれません(笑)。
介護の現場では、ケアの方法だけでなく、人と人との関わりから教えてもらうこともたくさんあります。
相手を思いやるというのは、特別な言葉をかけることばかりではないのですよね。
ときには、言わないでおくこと。
今ではなく、別の機会に伝えること。
そんな小さな気遣いも、誰かの心を守ることにつながるのかもしれません。
リンゴの好みは人それぞれ。
紅玉が好きでも、もちろんいい。
でも、あの日の私は思ったのです。
そのひと言、今じゃなくてもよかったんじゃないかな。
今日もまた、訪問先で大切なことを教えていただきました。
ありがとうございました。


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