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嫁には甘える95歳の姑の介護。デイサービスで気づいた「家と外」の顔|ケアマネの現場から

着せ替え人形のような毎日

お嫁さんの由美子さん(仮名)のことを、いつも「由美子」と呼び捨てにします。

京子さんのような世代では、嫁を名前で呼び捨てにすることも、珍しくなかったのでしょう。

「由美子、下着を入れて」

「由美子、ボタンを留めて」

デイサービスに出かける朝、由美子さんは大忙しです。

それでも京子さんはベッドに寝たまま、着替えさせてもらうのを待っています。

まるで、着せ替え人形のよう。

由美子さんから「意地悪な姑でね」と愚痴がこぼれるのも無理はありません。

毎日のことですし、実の親ではないからこそ溜まる思いもあります。

デイサービスでは自分で着替えられる京子さん

ところが、京子さんには意外な一面がありました。

デイサービスで入浴したあとは、自分でちゃんと着替えを済ませていたのです。

「あら、できるじゃない!」

思わずそう言いたくなりますよね。

家ではお嫁さんにあれこれ頼むのに、外では自分で行う。

京子さんなりに家と外を使い分け、家では甘えていたのかもしれません。

それもまた、ひとつの信頼関係と言えるでしょう。

認知症が少しずつ進んでいても、場所や相手に合わせて振る舞う気遣いは残っていた京子さん。

私はその様子を、由美子さんにお伝えしました。

「京子さん、デイサービスではご自分で着替えていらっしゃるんですよ。周りに気を遣って、頑張っていらっしゃいますね」

すると、由美子さんは少し切なそうに話してくれました。

「外ではできるのに、どうして家ではやってくれないのかしら。やっぱり私には甘えているのね」

そして、こうも続けました。

「待つことができればいいんですけどね。朝は忙しいから、ついやってあげちゃうんです。それが良くないのはわかっているんですけど……」

わかっていても、実践するのは難しい

由美子さんご自身も、頭では理解しているのです。

でも、わかっていることと日々の暮らしのなかで実践できることは別物です。

朝の慌ただしい時間に何度も頼まれれば、心に余裕がなくなって当然です。

ましてや長年寄り添ってきた嫁姑の関係。

言葉にできない複雑な思いや歴史もあります。

実は京子さんご自身も、かつて厳しい姑の介護を経験されていました。

苦労を知っているからこそ「私の頼みごとくらい、かつての私に比べたら……」という思いがどこかにあったのかもしれません。

本当のところは本人にしか分かりませんが、介護する側・される側、それぞれに抱える事情や思いがあります。

介護する人とされる人の「クッション」でありたい

だからこそ、私はその二人の「クッション」でありたいと思っていました。

ケアマネジャーの仕事は、計画書を作ったりサービスを調整したりすることだけではありません。

自宅を訪問し、家族の切実な声に耳を傾けることも大切な役割です。

介護する家族だって、いつでも穏やかではいられません。

身近な関係だからこそ言えない本音もあります。

そんなとき、日頃の様子を知っているケアマネジャーだからこそ受け止められる気持ちがあるはずです。

話を聴いたからといって、すぐに状況が劇的に変わるわけではありません。

それでも、双方の言い分だけで判断せず、どちらの思いも尊重しながら必要な支援を一緒に考えていくこと。

「甘えることはできても、素直に感謝を伝えられない京子さん」の思いをすくい上げつつ、「日々の介護に疲れながらも一生懸命な由美子さん」の気持ちにそっと寄り添う。

すぐに答えを出そうとするのではなく、二人の暮らしを温かく見守りながら、そのときどきに必要な支えを届けていく。

そんな関わり方を、これからも大切にしていきたいと思います。

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