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在宅介護にこだわる家族と、疲れていく本人|支援者として考えたこと

ときどき「どうしても自宅で」というご家族に出会います。

本人の状態だけを見れば、施設で過ごすことも選択肢に入ってくる。

でも、家族には家族の思いがある。

その思いを大切にしながら、同時に本人の暮らしも守らなければならない。

ケアマネジャーとして、そんな難しさを感じたケースがありました。

「絶対に自宅で」と望む息子さん

お母様は一人暮らしでした。

おしゃべりをすることも難しく、寝たきりで、要介護度もかなり重い状態です。

息子さんは別の場所で暮らしていて、日常的に介護をしているわけではありません。

それでも、「母は絶対に自宅で」と強く希望していました。

実際の生活は、月の半分以上がショートステイ。

自宅に戻っている日もデイサービスを利用し、空いている時間には訪問介護。

夜はヘルパーさんが夕食を食べさせ、寝かせてから帰る。

とにかく一人になる時間がないよう、たくさんのサービスが組み込まれていました。

けれど、お母様はその生活にかなり疲れていました。

サービスが必要なのはわかる。

安全のためにも必要なことはある。

それでも、これだけ予定が詰まった毎日を過ごすことが、本当にご本人の望む暮らしなのだろうか。

私はそんなことを考えていました。

本人が「ここで暮らしたい」と望み、そのためのリスクも理解したうえで選んでいるのであれば、話はまた違います。

でも、このケースは少し違っていました。

「心配なら、自分で見ればいいのに」

息子さんは、介護そのものを担っているわけではありません。

ところが、気になることがあると夜遅くにメールが入っており、朝一番で同じ内容の電話までかかってきます。

「薬の空き袋がないけど、ヘルパーは薬を飲ませたのか」

「テレビの角度が、いつもと違う」

「部屋のエアコンの設定温度が低すぎないか」

「日中、カーテンが閉めっぱなしになっていたが、日光浴をさせなかったのか」

そんな確認から始まり、電話がかかってくると、1時間近く話が続くこともありました。

こちらとしては、すべてのサービスを調整し、お母様の生活を支えている。

その一方で、息子さんから細かなことを指摘され続ける。

正直に言えば、支援する側も人間です。

「そこまで心配なら、自分でみればいいのに」

そう思ってしまうことがなかったと言えば、嘘になります。

周囲からも、「他人に任せきりなのに、どうしてそこまで在宅にこだわるんだろう」そんな声が出ていました。

でも、私は息子さんを単純に「困った家族」と片づけることはできませんでした。

「自分ではできない。でも、手放せない」

最初から、息子さんを介護から外していたわけではありません。

できることは一緒にやってもらえないか。

お母様の生活に、家族としてどう関わっていけるか。

何度も話し合いました。

けれど、なかなか状況は変わりません。

そこで、ご本人の安全な生活を守るために、息子さんがその日どう動くかに左右されない体制をつくっていきました。

それは決して、息子さんを切り離すということではありません。

「家族の力を期待しすぎない」ということも、在宅生活を続けるためには大切なことがあります。

ただ、それでも私は、ときどき考えていました。

なぜ、この息子さんはここまでお母さんを手放せないのだろう、と。

母と息子の間にある、長い時間

「自分で見ないなら、施設に入れればいい」そう言ってしまえば簡単です。

でも、親子には、その二人にしかわからない長い歴史があります。

もしかしたら、お母さんはとても強い人だったのかもしれない。

そして息子さんの中には、子どもの頃から続いている、「母親の期待に応えなければ」という思いがあったのかもしれない。

もちろん、本当のところはわかりません。

ただ、夜遅くに実家へ来て、薬の袋まで確認している姿を見ると、

「心配だけど、自分では介護できない」

「一緒には暮らせないけれど、母親を手放すこともできない」

そんな思いだけではなく、

「ちゃんとできていなければいけない」

「母親のことをきちんとみなければならない」

そんな、どこか完璧さを求めるようなものも感じていました。

だからといって、お母様が疲れ切ってしまうほどサービスを詰め込んでいいわけではありません。

家族の思いを大切にすることと、ご本人を置き去りにしないこと。

支援者には、その両方を見ることが求められます。

「困った家族」の奥にあるもの

介護者の言動には、その人がこれまで生きてきた背景や、親との関係、抱えてきた感情が表れていることがあります。

外から見ると「勝手な家族」に見えることもある。

「丸投げしている」と感じることもある。

でも、その行動だけをみてしまうと、本当に大切なものを見落とすことがあると思うんです。

なぜ、この人はここまで頑ななのか。

なぜ、この人は自分では介護できないのに、手放そうとしないのか。

そこに何があるのか。

すぐに答えが出るわけではありません。

それでも、少しだけ想像してみる。

それが、家族を理解するための最初の一歩なのかもしれません。

もちろん、理解しようとすることと、何でも受け入れることは別です。

支援者が抱え込みすぎないことも大切。

ご本人の生活を守るために、必要な線引きをすることも大切です。

そのうえで、「この人にも、この人なりの事情があるのかもしれない」と思える余白を持っていたい。

私はそう思っています。

介護の世界は、やっぱり奥が深い

介護の仕事をしていると、制度やサービスだけでは説明できないことにたくさん出会います。

家族の愛情。

怒り。

後悔。

罪悪感。

「こうしなければ」という責任感。

そして、親子だからこそ簡単にはほどけない感情。

いろいろなものが絡み合って、ひとつの家族の介護ができあがっている。

だから介護は難しい。

でも、だからこそ、人間を知る仕事でもあるのだと思います。

私自身、いつも穏やかな気持ちでいられるわけではありません。

「もう、そこまで言うなら自分でやってよ」と思ったこともあります(笑)。

それでも、できることなら、その言葉の奥にあるものまで少し想像できる支援者でいたい。

……まあ、そういう気持ちだけは持っておきたいな、というお話しでした。

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