
母が人工股関節の手術を終え、もうすぐ退院してきます。
10年前に右股関節、今回は左股関節。
膝の変形も進んでいる母にとって、これからの生活で気がかりだったのが、実家の寝室の狭い通路でした。
ベッドの周りに十分なスペースがなく、歩くたびに気を遣うような状態です。
退院後、少しでも安全に移動できるようにしておきたい。
そんな思いから実家へ帰り、寝室の片付けと家具の配置を見直すことにしました。
寝室を狭くしていたのは、父の巨大なタンス
寝室のスペースを大きく占領していたのは、父のスーツがぎっしり詰まった大きなタンス。
「ここは俺の縄張りだ」と言わんばかりに、ベッドの横でどっしりと構えています。
まずは中身を減らすところから始めました。
ところが、ここで立ちはだかったのが父です。
「これは高かったんだ」
「まだ着られる」
「孫が着るかもしれない」
……お父さん、今の若い子たちは、この昭和のスーツはなかなか着ないと思うよ。
そんなことを思いながらも、服を一着手に取るたびに始まる父の思い出話に、作業はなかなか進みません。
10年以上袖を通していない服でも、本人にとっては簡単に手放せないもの。
長年大切にしてきたものには、値段だけでは測れない思い出や、その頃の自分自身への愛着もあるのでしょう。
高齢になると、生活スタイルが変わっても、長年の習慣や持ち物へのこだわりを変えることが難しくなる場合があります。
だからといって、周りが必要ないと判断したものを、本人の気持ちを置き去りにして処分してしまうのは違うと思っています。
使っていないから捨てる、という単純な話ではないんですよね。
それでも今回は、母の退院後の安全な生活という目的がありました。
時間をかけて父と話し合い、少しずつ手放すものを決めていきました。
母のクローゼットから出てきた、驚きの光景
父のタンスの整理が進み、今度は残す服を収めるためにクローゼットの中を整理することに。
すると、そこから出てきたのは、未開封の下着や靴下の山、山、山!
どれも新品のまま、出番を待っていたようです。
これらを買ってきたのは、他ならぬ母。
「着ないのに、なんで同じものがこんなにあるの?」
あまりの量に驚き、思わず入院中の母に電話で小言を言ってしまいました。
でも、あとからよく考えてみると、足腰が痛む母にとって買い物に出かけるのは一苦労なこと。
何回も買い物に行くのが大変だから、行けるうちに買っておかなきゃ」という不安や、「買いに行けなくなったときのために」という思いが、あのストックだったのかもしれません。
母にとって『買い置き』は、目に見える『生活への安心感』だったのだと思います。
それにしても、こうして家の中を見直してみると、使わないまましまい込んでいるものが、思いのほか多いことに気づかされます。
高齢になると、買い物や持ち物の管理が以前と同じようにはいかなくなることもあります。
本人を責めるのではなく、今の暮らしに必要なものを一緒に確認していくことも大切ですね。
片付けて気づいた、父なりの思いやり
ようやくタンスが動き、寝室には見違えるような広い通路が現れました。
「こんなに広かったんだなあ……」
父も、思わず驚いた様子。
今回の片付けで、私が少し意外に感じたことがあります。
あれほどスーツを手放すことに抵抗していた父が、最後には母のためにと、ちゃんと折り合いをつけてくれたことです。
言葉には出さなくても、父は父なりに母のことを深く考えていたんですね。
頑なだった父の背中に見えた優しさに、胸の奥が少し温かくなりました。
こうして無事に広いスペースが生まれたわけですが、今回意識したのは、ただ通路を広げることだけではありません。
夜間の足元灯の配置や、つい手すり代わりに頼ってしまいそうなぐらつく家具を撤去することも意識しました。
単に部屋を広くするだけでなく「杖や歩行器を使っても引っかからないか」という目線で動線を見直すのが大切だと実感しています。
年齢を重ねると、暮らし方も身体の状態も変わっていきます。
今まで当たり前に使っていた家具や、長年置いてあったものが、いつの間にか生活のしづらさにつながっていることもあります。
だからこそ、家の中も、ときどき今の暮らしに合っているか見直してみることが大切なのだと思います。
ただ、片付ける側の都合だけで進めてしまうと、本人にとっては大切なものまで奪われたように感じてしまうかもしれません。
必要なもの、残しておきたいものを一緒に考えながら、納得感を持って少しずつ整えていけたらいいですね。


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