PR

認知症の一人暮らしはどこまで続けられる?在宅介護の現実と家族の葛藤

認知症があっても「家で暮らしたい」と願う高齢者は少なくありません。

私もケアマネジャー時代、そんな思いを抱えながら暮らしている方をたくさん見てきました。

今回は、要介護3で認知症のある明子さん(仮名)のお話です。

認知症といっても人それぞれですが、明子さんは少し特徴的なタイプでした。

記憶の保持が著しく低下した状態なのに、自分の考えやこだわりはしっかり持っており、言っていることも的外れでもなかったりする。

できないことは大幅に増えているのに、例えば、ご主人の仏壇に毎日お供えをしたり、玄関の鍵を閉めたり……残っている部分は驚くほどしっかり残っているのです。

認知症が進んでも失われない「その人らしさ」

明子さんは都会から田舎へ嫁いできた方でした。

若い頃から、本人にこんな話を何度も聞いたことがあります。

草むしりを頼まれたとき、草取り鎌ではなく箸で草を抜いていたそうです。

すると姑さんにひどく怒られたのだとか。

草むしりなどしたことのない環境で育ったのでしょう。

認知症が進む前は、「私はお嬢様だったのよ」とよく笑いながら話してくれました。

今振り返ると、慣れない土地で必死に自分を守りながら生きてきた人だったのだと思います。

自己主張が強く見えることもありましたが、それは長い人生で身につけた自己防衛でもあったのかもしれません。

認知症になると、その人らしさが消えてしまうように思われがちです。

でも、実際にはそうではありません。

記憶は失われても、その人の性格や価値観、人生の積み重ねが垣間見えることは少なくないのです。

要介護3・認知症の一人暮らしの現実

明子さんは5分前のことを忘れてしまいます。

排泄は紙パンツですが、自分で交換することはなく、濡れていてもそのまま過ごしてしまうため、ヘルパーが確認しながら交換を促していました。

夜中になると起き出し、冷蔵庫を開けて生ものをそのまま食べてしまうこともありました。

歩行も不安定で、家の中をいざるように移動しています。

それでも誰かが手を貸せば、何となく生活できてしまう。

認知症介護では、こうした状態が一番悩ましいところかもしれません。

完全に寝たきりでもない。

かといって安全に一人で暮らせるわけでもない。

だからこそ支援する側は、常に頭を悩ませ続けることになります。

明子さんのキーパーソンは東京で暮らす一人娘さんでした。

仕事をしながら頻繁に帰省していましたが、遠距離介護にはどうしても限界があります。

介護サービスを使っていても、決して余裕を持って支えられるわけではありません。

娘さんなりにお母さんのことを大切に思っているのは伝わってきますが、「このまま家で暮らしてもらうのか」「施設を考えるのか」という大きな決断となると、なかなか答えが出せない様子でした。

頭では分かっていても、気持ちが追いつかないこともありますよね。

私は娘さんに代わって決めることはできません。

だからこそ、問題が起きるたびに今の状況を伝えながら、娘さん自身が納得できる答えを見つけられるよう、支えていきたいと思っていました。

会議室の悩みと、容赦ない「現場」

この夏、家の中では次々に問題が起きていました。

エアコンは故障して動かなくなってしまいました。

修理しようにも、壁の中の配線はネズミにかじられていて、電気屋さんからは「いつ火災が起きてもおかしくない」と言われている状態でした。

屋根の傷みも進み、家全体の老朽化も目立っています。

ヘルパーが布団を干せばネズミの糞がポロポロと落ちてくる。

それでも明子さんは、「ネズミ?そんなものいませよ。家は大丈夫」と穏やかに笑います。

認知症が進むと、暑さや寒さをうまく感じ取れなかったり、身の回りの危険を判断することが難しくなったりすることがあります。

窓を開けても自分で閉めてしまう。

汗でびっしょりになっても着替えず、それどころか寒いと言って上着を重ねてしまうこともありました。

そのたびにヘルパーさんが身体を拭き、水分補給を促し、着替えを手伝います。

まさに綱渡りのような支援が続きました。

昨日までできていたことが、ある日を境に急に難しくなったりもする。

その日の体調によっても認知機能に差がでるため、その時々の状態に合わせる難しさが常にありました。

ある時は、デイサービスのお迎えスタッフから「今日は微熱があるので利用を休んでいただきました」と連絡が入り、急遽サービスの予定を組み直すことも。

こうした日常の小さなハプニングや変化が重なるたび、現場の緊張感はぐっと高まります。

だからこそ、普段以上にこまめな見守りや状況の把握が欠かせませんでした。

「家がいい?」と聞けば頷く。

でも別の日には、

「一人は寂しい」

「どこかのホームに入りたい」

「もうしんどい」

そんな言葉も本人の口からでてきます。

質問の仕方や気分によっても返事が変わる中で、「家で暮らしたい」という言葉をどう受け止めるべきなのか。

私たちチームは、みんなで何度も集まり、話し合いを続けていました。

いったい何が、この人にとって一番いいのだろう……。

答えは、簡単には出ませんでした。

支援者ができることには限界がある

周囲から見れば、

「もう施設に入るべきだ」

「これは放置ではないか」

と思われるかもしれません。

実際、そうした声があったのも事実です。

でも、介護の現場はそんなに単純なものではありません。

家族には家族なりの思いや葛藤があり、長年親を支えてきたからこそ、すぐには決断できないこともあります。

私たち支援者にできることは、本人や家族の思いを聞きながら、必要な支援を考えていくことでした。

ケアマネとして特に難しかったのは、本人の尊厳と安全をどう両立させるかということ。

「家で暮らしたい」という思いを大切にしながら、危険を見過ごすこともできない。

ヘルパーやデイサービスから日々の様子を聞き、家族とも共有しながら、支援を調整していきました。

もどかしさを抱えながらも、その人なりの答えが見つかるのを待つしかない場面も少なくありません。

それも支援のひとつだと思います。

明子さんのケースを通して

認知症の一人暮らしに、「これが正解」という答えはありません。

本人の希望、家族の思い、認知機能の変化、その日の体調、住環境、介護サービス……いろいろなことが重なりながら、その人の暮らしは続いていきます。

明子さんの場合、周囲から見れば「もう一人暮らしは難しいのでは」と思う状況でした。

それでも、長年暮らしてきたこの家は、明子さんにとって家族の思い出が詰まった大切な場所でした。

そして娘さんも、そんなお母さんの思いを知っています。

だからこそ、簡単には答えを出せなかったのだと思います。

このケースで私たちが探していたのは、「正解」ではなく、その時々の明子さんと娘さんにとっての「落としどころ」だったのかもしれません。

状況が変われば、支援の形も変えていく。

そのときどきでできることを考えながら、また次の落としどころを探していく。

明子さんのケースを振り返ると、私はそんなふうに感じます。

コメント