
自分でできることは自分で。でも、そこには「温かな配慮」を
できることは、なるべく自分でやってもらうこと。
これまで多くの高齢者と関わるなかで、「自分でやるのが楽しいし、嬉しい」という言葉をよく聞いてきました。
人は、いくつになっても自分のことを自分でできると嬉しいものです。
自分のやり方で、自分の好きなように暮らす。
そんな日々が、生き生きとした暮らしにつながっていくのだと思います。
だからこそ、家族が何でも先回りしてやってしまうのではなく、本人に任せることも大切です。
けれども、私たちは相手を思うあまり、つい情に流されてしまうことがあります。
「大変そうだから、やってあげよう」「年寄に苦労させたくない」。
そんな気持ちに加え、周囲から冷たいと思われたくなくて、必要以上に手を貸してしまうこともあるでしょう。
相手を気遣う気持ちは自然なものです。
ただ、情に動かされるままに行動すると、本人ができることまで奪ってしまう場合があります。
情は、自分の「かわいそう」「やってあげたい」という気持ちから動かされること。
一方、愛は、相手のために必要なことを、時には厳しさを持って選ぶことでもあります。
みんなが互いに愛の部分だけで接するようになれたらどんなに楽なことでしょう。
情が入るからややこしくなるんだと私は思っています。
だからこそ、いい意味で、少し放っておくのが一番ということもあります。
ただし、忘れてはいけないのが、「そこに思いやりがあるかどうか」です。
「ケアマネジャーさんが言っていたでしょう」
以前、90歳の花さん(仮名)という女性を担当したときのことです。
花さんはベッドが苦手で、布団で寝ていました。
毎朝、布団を畳んで押し入れにしまうのですが、重たい布団を片づけるのは、これまでお嫁さんがやってくれていました。
私が関わるようになり、ご本人とお嫁さんを交えて、できることは自分でやっていきましょうと話し合いました。
すると、しばらくして、お嫁さんのいないところで花さんが私に打ち明けてくれたのです。
「布団が重くて、片づけるのが大変なんだよ」
お嫁さんからは、こう言われたそうです。
「ケアマネジャーさんが言っていたでしょう。今日から自分の布団は自分で片づけてね」
お嫁さんは、私の話を素直に受け止め、花さんが自分でできることを大切にしようとしてくれたのだと思います。
けれども、私が伝えたかったのは、大変でも自分でやらせなければならない、ということではありませんでした。
私自身、説明が足りなかったと反省しました。
任せることにも、思いやりを
高齢になっても、自分でできることは自分でやる。
その大切さは、今も変わらず感じています。
けれども、そこには思いやりが必要です。
重たい布団なら、軽いものに替えてあげたり、危険なものはよけて安全に動ける環境を整えてあげたり。
本人ができることを奪わず、無理なく安全に続けられるように工夫してあげることも、周りにできる大切な役割です。
在宅介護では、自分でできることは本人にやってもらおうとするあまり、難しいことまで本人任せになってしまう場合があります。
本人の力を信じること。
そして、困っていることや危険がないかを気にかけ、必要なところを支えること。
その両方をバランスをみながら、本人らしい暮らしを守っていきたいものですね。


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