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老老介護でも自宅で暮らしたい|92歳の夫と85歳の妻を支えた在宅介護と看取り

病院での治療が終わり、「この状態では、家で暮らすのは難しい」と言われたら。

「できれば、家に帰してあげたい」

そう思っていても、「本当に家で支えられるのだろうか」と不安になるのは、当然のことだと思います。

けれど、介護では、ときに「安全だから」という理由だけでは決められないことがあります。

今日は、私がケアマネジャーとして関わった、92歳のご主人と85歳の奥さまのお話です。

「家に帰りたい」と願ったご夫婦が、さまざまな不安を抱えながら自宅へ戻り、最後まで二人で過ごした3か月。

今でも忘れられない、お二人の姿があります。

※この記事は、私がケアマネジャーとして実際に関わった一事例をもとにしています。在宅での生活や看取りについては、ご本人の状態やご家族の状況などによって異なります。

来週、母が股関節の手術で入院します。

その知らせを聞いたとき、数年前に関わった一組のご夫婦のことを思い出しました。

ちょうど、年末特有のざわざわした風が吹き始める、今と同じ頃のことです。

夫は92歳、妻は85歳でした。

要介護4と要介護1。

高齢のご夫婦、二人暮らしでした。

近くには息子さんが住んでいましたが、仕事があり、日中ずっとそばにいることはできません。

92歳のご主人は、腰椎圧迫骨折で長く入院していました。

歩くことができなくなり、車椅子とおむつの生活。

嚥下機能も低下し、食事は粥・刻み食、とろみが必要な状態でした。

急性期の治療はすでに終わり、主治医からは、「年内退院の方向で考えてください。シルバー世帯では在宅は難しいでしょう」と伝えられていました。

子どもたちも、「今回は施設しかないな……」と、少しずつ気持ちを固めていた頃です。

けれど、妻は最後まであきらめませんでした。

「お父さんを家に帰してやりたい。一緒にいたいんだよ」静かだけれど、芯のある声でした。

ご本人も、「帰りたい」と、ずっと言い続けていました。

「安全」と「その人らしい暮らし」の間で

正直に言えば、私はケアマネジャーとして、大きな不安を感じていました。

高齢のご夫婦二人暮らし。

しかも、引きずり歩行で虚弱な要介護1の妻が、寝たきりに近い要介護4のご主人を支えることになります。

決して簡単なことではありません。

特に心配だったのが、誤嚥です。

ご主人は座っている姿勢を保つ力も弱く、時間が経つと身体が傾いてしまいます。

妻が「お父さん、こっち」と姿勢を直そうとしても、十分な力がありません。

入院中には誤嚥性肺炎を繰り返した経過もあります。

できるだけ食事のときは、安定した姿勢を保ってほしい。

そう考えて、妻の介助による椅子への移乗介助も試してみました。

けれど、ご主人の身体を支えながら移乗するのは、妻にはとても負担が大きく、二人とも転倒してしまう可能性がありました。

結局、無理に椅子へ移すことは断念しました。

こんな状況だったので、自宅に戻れば、そのリスクはこれからもついて回るでしょう。

「施設に入る」

それは、安全や安心という意味では、ひとつの大切な選択肢です。

でも、それをこのご夫婦の「家に帰りたい」という思いより優先していいのだろうか。

私は何度も考えました。

そして、奥さまの揺るぎない眼差しと、ご本人の「帰りたい」という言葉を前に、私はお二人を信じてその思いをサポートしようと決めたのでした。

もちろん、危険を承知で何もせず帰すわけではありません。

家に戻ったあと、どこにどんなリスクがあるのか。

何ができて、何ができないのか。

そのために、どんなサービスや医療的な支えが必要なのか。

ひとつずつ整理しながら、在宅での生活を組み立てていく。

それが私の仕事でした。

「帰りたい」を支えるために

退院前の話し合いでは、誰もがこのご夫婦の在宅生活にある危うさを指摘しました。

それは当然のことだと思います。

私自身も、「大丈夫です」と簡単に言える状況ではありませんでしたから。

それでも私は、主治医を交えたカンファレンスでこう言いました。

「危うさはあっても、この歳まで夫婦ふたりで支え合って生きてきたんです。その中で培われた、それなりの感覚を、このご夫婦は確実に持っていると思います。それこそが、お二人の最大の武器じゃないでしょうか。私は、その感覚を信じて支えていきたいです」

言い切ったあと、部屋の空気が一瞬止まったような気がしました。

皆さん、揃って「……?」という顔。

特に主治医は、「何を言ってるんだ?意味がわからん」とでも言いたそうな表情でした(笑)。

今思い出しても、ちょっと可笑しくなります(笑)。

でも、私は本当にそう思っていました。

何十年も一緒に暮らしてきた二人です。

夫のちょっとした変化。

妻のいつもの動き。

「今日はちゃっと違う」という感覚。

そういうものは、長く一緒に暮らしてきた人にしか分からないことがあります。

しかも私は、このご夫婦のもとへ5年ほど通っていました。

二人がどんなふうに声を掛け合い、どんなときに困り、どうやって助け合いながら毎日を過ごしてきたのか。

それを見てきたからこそ、「この二人なら、やってみてもいいんじゃないか」と思えたのかもしれません。

もちろん、「それなりの感覚」だけに頼るわけではありません。

そこに専門職の力を重ねていく。

できないことは、できる人に助けてもらう。

危ないところは、やり方を変える。

一人で抱え込まなくていい仕組みをつくる。

そうやって、在宅生活の形を少しずつ整えていきました。

私があまりにも迷いなく言い切ったものだから、「じゃあ、そこまで言うなら……」と、みんなが押されたようなところもあったのかもしれません(笑)。

そこから、退院に向けた準備が一気に動き始めました。

在宅医、訪問看護師、ヘルパー、PT、歯科衛生士…。

それぞれの専門職が、それぞれの役割を担ってくれました。

振り返ってみると、私は20年間のケアマネジャー生活の中で、本当にたくさんの専門職と出会い、支えてもらってきました。

一人の力ではできないことも、それぞれの力が重なることで、できることが増えていく。

このご夫婦の在宅生活も、たくさんの人の力があったからこそ、実現できたのだと思います。

息子さんや娘さんも、ご両親の思いを大切にしながら、私の提案にも耳を傾けてくれました。

家族が近くにいて、できることを手伝ってくれる。

それはもちろん大きな力になります。

でも、在宅で最期まで暮らせるかどうかは、家族がいるかどうかだけで決まるものでもありません。

一人暮らしでも、自宅で最期を迎える方はいます(これについては、また別の機会に書いてみたいと思います)。

ようやく迎えた、退院の日

そして、退院の日を迎えました。

心配しながら訪ねてみると、久しぶりに帰った家で、お二人はベッドに並んで座っていました。

本当に嬉しそうな笑顔でした。

部屋の空気も、とても柔らかくて。

そこには、夫婦だけの特別な時間が流れているように感じました。

3か月後、静かな旅立ち

それから3か月後。

予想していたことではありました。

でも、その時が来ると、やっぱり胸が詰まりました。

ご主人が誤嚥性肺炎を起こし、状態が悪化したのです。

最後は、妻がそばで見守る中、静かに旅立たれました。

診断は老衰でした。

ご本人が望んでいた通り、最期まで妻と一緒に家で過ごすことができました。

だけど私は、「これでよかったのだろうか」と、どこかで考えていました。

あのとき施設を選んでいたら。

もっと安全な環境なら、もう少し長く生きられたのだろうか。

そんな思いが、まったくなかったと言えば嘘になります。

心のどこかに残る迷いを抱えながら、その後も私は妻の担当として毎月訪問を続けました。

そして、私が退職する日が近づき、最後の挨拶に伺った朝のことです。

妻はいつものように、ご主人の仏壇に手料理を供えていました。

私も横で静かに手を合わせました。

すると妻が、「お父さん、笑ってるでしょう?」

その言葉に続いて、「あの時、あなたが『大丈夫、支えるよ』って病院で言ってくれなかったら、家で看取るなんてできなかったわ」そう話してくださいました。

そして、「お父さんが亡くなっても、なぜか心がずっと満たされているの。きっと、最期まで自分でお父さんをみたからだと思うの。今まで本当にありがとね」

私は思わず涙が出そうになって、「最後までお母さんの伴走者でいてあげられなくて……ごめんね」と、それだけ言うのが精一杯でした。

「生き方を支える」ということ

20年という時間の中で、私はたくさんの家族に出会いました。

同じ介護は、ひとつとしてありませんでした。

安全を優先したほうがいい場合もあります。

施設という環境が、その人と家族にとって安心につながることもあります。

一方で、多少の危うさがあったとしても、

「この家で暮らしたい」

「この人と一緒にいたい」

そんな思いを、どうしたら大切にできるのか。

その人の価値感や生き方、家族の思いまでみていくと、答えは本当にさまざまです。

その間に立って、一緒に考え、悩み、できる方法を探していく。

それが、ケアマネジャーの仕事であり、ケアマネジメントの面白さでもあるのだと思います。

仕事を離れた今だからでしょうか。

あの時の息づかいや、ご家族の思いが、ふとした拍子に立ち上がってくることがあります。

そのたびに私は、「生き方を支える」ということの深さを、あらためて思うのです。

そして今。

母の入院を前に、少し物忘れが増えてきた父の姿を見つめながら考えます。

いざ、自分の親のこととなったとき。

私は、あのご夫婦に向けたように、静かに寄り添ってあげられるだろうか。

難しそうだな……。

そう思います。

でも、きっと大丈夫。

危うさの向こうにある愛が、ときに人を支える大きな力になることを、私はあのご夫婦から教えてもらったのだから。

👇食事や水分にとろみをつける必要がある場合に使われるものです。
私がケアマネジャーとして関わっていた頃にも、こうした介護用品を使う場面がありました。

コメント

  1. egaosouzoku より:

    考えさせられます・・。
    私にも高齢の両親が同居していますので。
    各ご家庭・ご事情で答えが異なるような。
    判断するとき、重要視されるのは”気持ち”でしょうか。それとも・・”リスク”?
    投資的発想と違い、難しいですね・・。

  2. seadora より:

    私が年老いた時にムっちゃんさんのようなケアマネさんに巡り会いたいなぁと心が温かくなる記事でした。ご夫婦もきっと心の底から感謝されていらっしゃるでしょうね🍀

  3. hanawantan より:

    家計金融の企画立案者さん、いつもありがとうございます。本当におっしゃる通りで、ご家庭ごとに答えは違いますよね。気持ちとリスク、どちらが大事かといえば…どちらも大切で、そのバランスを見極めるための“深いアセスメント”こそ欠かせないのだと思っています。ご両親と暮らす日々の中で、迷いもたくさんあるかと思いますが、どうかご自身の気持ちも大切にされてくださいね😊

  4. hanawantan より:

    しーどらさん、温かいお言葉をありがとうございます💕
    私は、たいしたケアマネではなかったんですよ。「いつでも“3番目”に担当してもらいたいケアマネでいよう」それがモットーでしたから😅。
    一番でも特別でもなく、そっと寄り添える存在でいられたら十分で…。
    こんな私の記事に、あたたかく心を寄せてくださって、本当に感謝しています☺️

  5. kameKiKu より:

    家が一番いい居場所であることは間違いないです。ショートスティ、ホームなどで場所が変わる度に少しずつ認知症は悪化していったかもしれません。老老介護は出来ないし、仕方ありませんでしたが〜。

  6. hanawantan より:

    kameKiKuさん、コメントありがとうございます🩷介護は、「これが正解」と一つに決められるものではないと思います。
    愛をもって選んだ形なら、どれも正解ですよね😊

  7. ojyoizum より:

    はじめまして!いつも読ませていただいています。
    読ませていただいて、昨年立て続に旅立った両親の事を思い出しました。
    離れて暮らしていたので、介護に携わるたくさんの方々に助けて頂きました。みなさん本当に親身なってくださりました。感謝しています。

  8. hanawantan より:

    ojyoizumさん、いつも読んでくださり、ありがとうございます😊 支えてくださる方々への感謝のお気持ちが、やさしく伝わってきました。
    不器用な私でも人の支援に携わることができたのは、周りの人に恵まれ、助けていただいたおかげです。ご両親のご冥福を心よりお祈りいたします。
    どうぞこれからも心穏やかに過ごされますように💕

  9. sakiimamura より:

    うちの母も股関節の手術をしました。大変でしたが、ここでちゃんと介護しないと後悔するのは自分だと思って頑張りました。ムっちゃんさんもしばらく大変だと思いますが、後悔しないと思えるようにサポートできると良いですね。自分のことも忘れず、無理しないで頑張ってください。

  10. hanawantan より:

    sakiimamuraさん、あたたかいコメントありがとうございます😊
    お母さまの手術、大変だったことと思います。励ましのお言葉、とても心強いです。
    私も無理のない形で、できることを丁寧にやっていけたらと思います。
    やさしいお気持ちを寄せてくださり、ありがとうございました(^^)。